vol.200 更地

 昨年まで初冬に通い続けた場所が、更地となった。中途半端に残された錆び付いたゲートが、余計に寒々しい光景を演出させる。

 ここは、もともと地域の保育所があった場所。その保育所としての機能もとうの昔になくなり、自分も所属させてもらっている美山のしめ縄グループが、伏見稲荷大社他の大しめ縄などを製作する作業場として利用していた。近年中に始まる公共工事のエリアに掛かっているため、取り壊しとなった。

 この場所で、80~90代の先輩方が一生懸命に大しめ縄の伝統を繋いでいた。しかし、年齢が年齢である。もう力が入らない、品質が維持出来ない、若手の後継者もいない。ついに、長く守られてきた伝統の幕を閉じる決断をされた。折しも、活動場所であった保育所には数年後の取り壊しの話が持ち上がった。終わりを決意するタイミングとしては、この上なかっただろう。

 しかし、話を聞いて待ったをかけた人たちがいた。絶対途絶えさせてはいけないと、何とかして地域外も含めて有志をかき集め、継承者ならいるからと先輩たちを説得した。

 自分には出来ない。最前線で腕を振るうプレイヤーは出来ても、最初に声を上げ旗を振る活動家にはなれない。だから、この時に声を掛けてもらった巡り合わせにはとても感謝している。

 

 平坦ではなかった、そこからの道。新旧メンバーの初顔合わせの時をよく覚えている。一朝一夕で出来る甘いものではない。ぶっつけ本番で何とかなるものでもない。事前に講習会も何回も必要だし、途中リタイヤする人もいるだろう。

 …旧メンバーとて、無策のままここまで来たわけではないのだ。後継者を育てようとして、うまくいかなかった過去の苦い経験が積もっている。やる気のある若者がたくさん集ってくれて頼もしい、と言葉は頂いたものの、そこにいるのは縄を綯うことさえしたこともない30~40代のヒヨッコである。

 1から全てを教えるということには、とてつもないエネルギーがいる。しかも事は"継承"であるから、自分でした方が早い、は通じない。今思えば、旧メンバーにとっても大きな決意がいることだったのだろう。

 それでも、一度は降ろした腰を、先輩方は再び上げてくれた。どんなに頑張っても、自分たちが出来るのはあと3年程度。その間に全てを教えるから、皆も真剣に取り組んでくれ、と。そして、世代間のわだかまりなく、気さくに仲間だと思って接して欲しい、と。

 

 新旧メンバー合同で挑んだ初年度は、火気厳禁のわら細工の仕事場に火花が飛び交う展開だった。…こんな恥かしいもの出せない、やり直せ! …何回同じ失敗繰り返しとるんや! …そう言うけどあの人がこうやれと言ったからその通りにしたのに…! ピリピリするなという方が無理だったかも知れない。新メンバーはヒヨッコに違いないが、それでも一生懸命やっているつもりであり、大人として、社会人としてのプライドもある。一方先輩方も、看板を預けるからにはという責任がある。そして、継承に掛けられる時間がないという焦りもある。継承の在り方をめぐって、旧メンバー同士でも衝突があったりした。

 新メンバー全員が、全体像が分からないまま、必死で自分の仕事をこなした。そして旧メンバーは、新メンバーが休みの日にも別枠の仕事をこなし、完成させる責任を一身に背負っていた。そうして、怒涛の継承1年目が過ぎていった。

 

 2,3年目と進むうちに、新メンバーも技術を身に着け、少しずつ全体像が見えるようになり、段取りに工夫も生まれてきた。初顔合わせに集まったメンバーも結局半数以上が入れ替わったが、どうにか体制が整い始め、毎年課題はあれども、自分たちの力で動かしていけるところまで辿り着いた。

 同時に先輩方は、もう大丈夫だろうと、ひとりふたりと身を引いていった。ガミガミと叱られ続けた記憶も、今では懐かしい。そして、ひとりふたりと世を去ってもいかれた。

 本当に、ギリギリのタイミングだったのだ。ギリギリではあったが、間に合った。途絶えかけた伝統が、子育て世代を中心としたメンバーに引き継ぎ完了した。全国的に伝統文化の継承が危ぶまれる昨今の中、稀有な成功例なのではないかと思う。

 

 計画通り、保育所は容赦なく取り壊された。しかし緊急避難的に場所を移し、試行錯誤しながらも今年のしめ縄製作も無事に終えることが出来た。だからこの更地は、美山しめ縄終焉の地ではない。継承の地、再誕の地となったのだ。

 禍福は糾える縄の如し。この先も、様々な難題にぶち当たることは間違いないだろう。か細い藁がより集まって強き縄となるように、ひとりひとりでは対応出来ない問題も、力を合わせていくしかない。先輩たちから受け継いだ技術と誇りを、今度は我々が守っていく番。

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コメント: 2
  • #1

    田中稔 (水曜日, 11 12月 2024 19:11)

    旧メンバーさん達が、暖かい眼差しで見守ってくださっているんだろうね。

  • #2

    ぶんな (土曜日, 14 12月 2024 12:37)

    田中さん、ありがとうございます。本当に、いると口うるさいなぁと思ったりもしても、いなくなると心細く感じるもので…大きな存在です。