vol.194 茅葺きの雨垂れ

 盆を過ぎ、台風を経て、幾分暑さが和らいだ。折しも長かった現場が終わりを迎え、屋根から降りての残り作業を片付けるのみとなり、余計に急に涼しくなったように感じる。

 直接の屋根仕事の最後は、大抵の場合、軒刈りである。一番最初につけた軒に、一番最後に仕上げのハサミを入れるのである。

 正直、好きでも得意でもない作業。体勢はつらいし、良質な茅で厚みを付ければ付けるほど、刈るには手強くなる。ハサミをこまめに砥いだら楽でキレイだよという天使的な自分と、もう少しだからゴリ押しで行ってしまえという悪魔的な自分の言い争いを心の中で聞きつつ、ただひたすらシャキッ、シャキッ、とハサミを動かす。

 

 ひところ、軒の断面をやや水が伝ってしまうことがあり、これはよろしくないと先輩職人さんにいろいろ聞き込んだりもした。軒の厚み、素材、軒先(水切)の茅の勾配、ハサミの入れ方、ハサミを入れる角度…。何が要因でどうなるか、奥深いところが悩ましい。仮説を立て、雨の日にどこかの茅葺きを見るたびに答え合わせ。されども、これはどうしたことかと悩ましい現実に出会うことの方が多い。

 

 だから、仕上げ終わって雨の日、下回りを掃除しているさなかのゲリラ豪雨時は、なかなかの緊張感を持って軒先を見つめる。よかった、ちゃんと軒先(水切)で全ての雨水を落としている。当たり前…ノルマの出来栄えにホッとしているようではいけないのだが、何年経ってもそれが正直な気持ちである。

 

 茅葺き屋根の軒先に、雨樋は付けられない。他の屋根材に比べて分厚過ぎる上に、茅葺きは腐朽とともに軒先が後退していくから、雨樋が意味をなさなくなる。

 その点で不便というか、何かと厄介な屋根だな…という想いがあったが、以前ある人の「茅葺きって、雨垂れが眺められるから良いよね…」という何気ない一言が、自分の価値観をコツンと揺さぶったのを覚えている。なるほど、そういう捉え方もあるのか。不便ではなく、風流と感じる。便利至上主義ではなく、不便でも味わいのある物事を楽しむ心の余裕。茅葺きそのものに通じるかも知れないな、と思った。

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コメント: 4
  • #1

    田中潔美 (金曜日, 06 9月 2024 00:08)

    茅葺きはいろんな意味で奥深いですね�

  • #2

    Barbara Sugihara (日曜日, 08 9月 2024 05:30)

    茅葺き屋根の軒下から雨が落ちる景色は何とも言えないほど大好きです。気持ちがとても落ち着きます。職人の丁寧な仕事が作り出す美ですね。

  • #3

    ぶんな (日曜日, 08 9月 2024)

    きよみさん、ありがとうございます。毎日毎年同じことに悩んでの繰り返しです。

  • #4

    ぶんな (日曜日, 08 9月 2024 22:06)

    バーバラさんありがとうございます。職人はついつい外から眺めてばかりになりますが、内側から眺める視点(=お施主さん目線)も大事にせねば…と思います。