vol.170 棟上げの日

 梅雨の怪しい天気予報ではあったが、この日しかない、と思っていた。

 茅葺きの棟上げ。全体の工事はまだまだ続くものの、ひとつのクライマックスだ。

 

 朝一、長期間に渡って屋根を覆い続けていた大きな養生シートを撤去する。これの開け閉めだけでも毎日なかなかの手間だった。棟が上がればその手間からも解放される。一方、今日中に棟上げが終わらなければ、またシートを掛け直さねばならないかもしれないという不安もある。いや、意地でも終わらせる。覚悟を決めて、シートを畳んでしまう。

 今日しかないと思っていたのは、週に1~2回来てくれることになったバイトの人手があるからだ。今まで、どうにかこうにか一人で棟上げをこなしてきた。だが今回のユキワリは長くて重た過ぎる上に、ウマノリも7対と多い。一人ではしんどい、ではなく、さすがに無理。かと言って、棟上げを済ませねば次の作業にもかかれない。完璧なタイミングで今日に至った反面、今日を逃せば段取りにしわ寄せが来る。

 

 トタン、杉皮、カラミ(ヒノキの角材)…と順当に載せていく。そして7対のウマノリ。重たく耐水性の強いクリである。我ながら加工はバッチリ。削った部位が狙い通りの場所にはまっていった。

 下から見上げて、あれはこっち、それはこっち、と配置や傾きの調整を済ませ、ウマノリを縫い留める。もはや夕方。さぁいよいよユキワリ…!というタイミングでゲリラ豪雨に見舞われた。

 (ウソやん。。。ここまでは時間かかっても一人でも出来るねんてば。ユキワリだけは何としても人手があるうちじゃないとアカン言うたやん…) 誰に向けてでもない呪詛が頭の中をめぐる。もはやシートをかける必要はないものの、雨が恨めしい。

 しょんぼりと、今日は帰りますとお施主さんに告げてから、やっぱりもう少し待ちます!!と訂正。それが勝負を分けた。数分後、スパッと雨がやんだのだ。

 バイトの子と力を合わせ、残された体力と執念をフル稼働してユキワリを上げる。棟までは力任せで行けるが、X型に組まれたウマノリを越す瞬間だけ、オーバーハングというのか、ユキワリを抱えた体が跳ね返されそうな瞬間がある。焦ってはいけない。全力を振り絞りつつ、慎重に、慎重に。

 ついに、ユキワリが棟にのった。正しい位置に収めて固定するのは明日ゆっくりやればいい。ようやく人心地、棟の上でホッとして下を見下ろすと、お施主さんがご夫婦が逆に棟を見上げていた。

 帰り道、車の窓から遠くから振り返ると、シートが取り去られ棟が載った茅葺き屋根が、斜陽に輝いていた。体はボロボロな気がするが、心は軽くなった。あぁよかった、と長い長い溜息をつきながら家路についた。